安曇幹線2号線の八王子峠越え(2日目)

ぶどう峠からの眺め

 満天の星空を楽しんだということは当然朝方は冷え込んだ。明け方の気温は3度。寒かった。起き出してまずは昨日楽しめなかった峠の風景を味わう。
 ぶどう峠は西側が大きく開けている。その開けた風景を一杯に使って西群馬幹線が横断している。西群馬幹線は南に見える御座山(おぐらさん)を越えて北相木村(きたあいきむら)の広い谷を渡る。そして上信国境の尾根にまた登っていく。上信国境の赤白鉄塔は十石峠からも見える103号だろう。そして、嬉しいことに安曇幹線2号線が西群馬幹線の下をくぐっていくのが見えるではないか。予想以上の大展望。
 計画では一旦峠を下りて栂峠(つがとうげ)経由で上信国境に出るつもりだった。でもこの大展望を見たら、ぶどう岳から稜線通しで行きたくなった。新三郎まで行きピストン。もしくは栂峠までいって県道を歩いて戻るか。時間次第かな。

写真:「ぶどう峠から見る西群馬幹線と安曇幹線2号線の交差 西群馬幹線105号、安曇幹線2号線 193 191号」へリンク
ぶどう峠から見る西群馬幹線と安曇幹線2号線の交差 西群馬幹線105号、安曇幹線2号線 193 191号
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西群馬幹線103号

北相木の4本カテナリー

 7時過ぎにぶどう峠を出る。最初は笹がかぶった踏み分け道。そこを過ぎ露岩を越えると展望のよいピークに出る。西群馬幹線、安曇幹線2号線、神流川線がよく見える。すばらしい。目の前の西群馬幹線は4本でひとつのカテナリー曲線を描いて広い北相木村の谷を渡っている。すごいですねぇ。「びよーーん」ってやってますね。

写真:「4本カテナリーの西群馬幹線、北相木村越え(左から108、107、106、105号)」へリンク
4本カテナリーの西群馬幹線、北相木村越え(左から108、107、106、105号)
写真:「御座山を越える西群馬幹線(西群馬幹線114、113、112、111、110、109、108、107号)」へリンク
御座山を越える西群馬幹線(西群馬幹線114、113、112、111、110、109、108、107号)


 次の岩ピーク。ここも眺望がよいがまだぶどう岳ではないようだ。直下に安曇幹線がマムシ岳を横切ってくる姿、そして神流川線がこちらにやってくる姿がよく見える。素晴らしいでも逆光だなぁ。バックは双子山から両神山。うーん山だらけだ。冬場の午後に来たら素晴らしい写真が撮れそうだが…
 神流川線は思ったよりもジグザグと尾根を越えている。一番遠くにかすかに見えるのは6号かな。ここで尾根を越えている。尾根の向こうは上野ダムの谷だろうか。
 安曇幹線2号線はマムシ岳の中腹をトラバースしてやってくる。マムシ岳は三角点もあり地理院地図にも名称の載る山なのだが、ここから見ると山というよりは、上信国境尾根から三峡へと続く大きな尾根という感じだ。(Webで写真を見ると結構すごい岩峰だ。西上州の藪岩マニアにはたまらない山なんだろう。)

写真:「神流川線12、11、10、9…号とマムシ岳を登る安曇幹線2号線(201、202、203…号)ちょっとピンぼけ_(._.)_」へリンク
神流川線12、11、10、9…号とマムシ岳を登る安曇幹線2号線(200、201、202、203…号)ちょっとピンぼけ_(._.)_

上野村の送電路たち

 マムシ岳を登る安曇幹線2号線を見ながら休憩する。


 ここ何年か群馬県上野村の数代にわたる送電ルートを見てきた。上野村の送電路は黒部幹線、安曇幹線1号線、安曇幹線2号線そして最新の西群馬幹線と時代をまたいで4路線がある。すべてできた当時は最新の幹線だった、ここは電気を運ぶ重要街道なのだ。そしてそれぞれの年代の送電路ルートが興味深い。

写真:「上野村、上信国境付近の送電ルート」へリンク
上野村、上信国境付近の送電ルート
写真:「上野村、上信国境付近の送電ルートイメージ(カシミール3Dで作成)」へリンク
上野村、上信国境付近の送電ルートイメージ(カシミール3Dで作成)


 上野村で一番古い黒部幹線は昭和2年に建設された。このルートは旧・十石峠道をなぞる。現在でいえばだいたい矢弓沢林道沿いだ。この建設では村人が動員され送電ケーブルなどを運んだという話を地元の人から聞いた。牛や馬、そして人間の背がすべての資材を運んだのだろうか。
 次に古い安曇幹線1号線は昭和44年頃の建設。こちらは黒川の北尾根上を登る。黒川は国道299号のルートだ。このルートも登山コースといってもよいほど人間用のルートに近い。
 建設された頃にはすでに尾根近くまで林道が通っていたはずだ。安曇幹線1号線の191号の近くに黒川隧道という林道のトンネルがある。このトンネルは昭和28年の竣工だ(現在は入口が埋まってしまっているし林道も廃道状態)。林道は尾根に沿って上信国境まで延びている。ここまで荷揚げできれば鉄塔まではあと少しだ。

写真:「山中に眠る黒川隧道(銘板には「昭和28年12月竣工」とある、2013年4月撮影)」へリンク
山中に眠る黒川隧道(銘板には「昭和28年12月竣工」とある、2013年4月撮影)


 それから10年数たった昭和56年年の安曇幹線2号線は神流川の南側をやってきて中ノ沢、日向沢とたどり、捨てられたかつての峠を越える。これが今眺めているマムシ岳ルート、建設機材は進展したのだろうが、やはりこれも人間の道をたどっている。


 技術や輸送手段の進展は今までは建設不能なルートを可能にする。でも私は人間のスケールで地勢に従ったルートがやはり好きだ。そして人間のスケールを越えた自然の形状に出会った時に、それを克服すべくさまざまな工夫が編み出される。安曇幹線1号線の4連耐張鉄塔や、黒部幹線の567号から568、569号への長径間を見て感動するのは、そんな人間の挑戦が分かりやすく形となって目前にあるからなのだと思う。

写真:「黒部幹線の長径間 567〜568〜569号(2013年10月撮影)」へリンク
黒部幹線の長径間 567〜568〜569号(2013年10月撮影)
写真:「4連碍子の安曇幹線1号線201号(2011年5月撮影)」へリンク
4連碍子の安曇幹線1号線201号(2011年5月撮影)

西群馬幹線114号のものがたり

 さて最新の西群馬幹線(平成4年)はどうだろう。この辺りの西群馬幹線は上信国境の稜線沿いに進み、北相木村の谷を越えると御座山の北尾根を登り東尾根を乗越す。やはり地勢に従ったルートとも言える。
 でも100メートルを超える鉄塔は、多少の地形の凹凸を軽々と越えて行く。径間は平均すると安曇幹線2号線の倍くらいは長いだろう。尾根のピークから遙か彼方のピークにダイナミックに線をつなぐ。
 他の路線が苦労して山をのぼり谷を遡るように感じるのに対し、西群馬幹線は巨人が大股で山を乗り越える感じだ。人間的スケールの鉄塔は分かりやすいのだが、西群馬幹線のような巨大スケールの鉄塔になると、凄すぎて親しみが湧かない。でもそれを建てているのもまた人間なのだ。


 西群馬幹線が北相木の谷から御座山目指し進む。西群馬幹線の巨人も大きいが山はそれ以上に大きい。谷底から4本で北尾根の小ピークへ。小ピークの赤白鉄塔109号から北尾根の斜面をトラバースしながら登っていく。大きな巨人の歩幅をもってしてもトラバースすること5本、ついに東尾根に到達し向こう側に消えていく。そこに立つのが西群馬幹線114号だ。

写真:「御座山を越える西群馬幹線(106〜114号)」へリンク
御座山を越える西群馬幹線(111〜114号)
写真:「西群馬幹線114号」へリンク
西群馬幹線114号


 この肩の標高は1950メートル。日本における送電鉄塔の標高としてはとても高い。私の訪れた鉄塔で標高がもっとも高いのは只見幹線の尾瀬越え鉄塔で1910メートルだ。根本でも数10メートル高いが鉄塔の高さは只見幹線より50メートル以上高い。鉄塔の上部は2050メートル以上ということになる。
 ここに鉄塔を建設し、送電線を張った男達の物語はNHKプロジェクトXに記録されている。(→プロジェクトX 挑戦者たち 「100万ボルトの送電線 決死の空中戦に挑む」


 標高2000メートルでの鉄塔建設、それも100万ボルト設計8導体の鉄塔だ。プロジェクトXでは基礎工事や鉄塔組立についてはあまり触れられていないが、緊線とスペーサーの取り付けに格闘する電工屋さんの姿が詳しく描かれている。1連40個の4連耐張碍子のつり上げ、8導体送電ケーブルのつなぎ留め、自走式宙乗りゴンドラを使ったスペーサー取り付け工事。その最中に起こった天気の急変に送電ケーブルを歩き渡り助太刀に向かう熟練電工。あの遥かな上空で豆粒のような人間がすべてをやってのけたのか。


 あの鉄塔に行ってみたい。帰ってから登山道を調べて見た。鉄塔が立つのは御座山の東尾根。御座山は比較的有名な山で多くの人が登り、コースも整備されているようだ。でもこの東尾根にはコースはない。ごくわずかな人によるアタックが行われている。地形図には破線(歩道)が描かれているが道はないらしい。araigengaさんの山行記録では


「御座山から東尾根、P1974まで全く道なし、P1974から相木川への下りも道なし、獣道を下ると沢筋に降りることができた。」(ヤマコレの山行記録からhttp://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-62536.html?viewmode=pc

とある。
 別の情報によると山の南側からは林道を使えば鉄塔直下まで行けるようだ。鉄塔建設のために作られた林道だろうか。林道にはゲートがあるらしいのでてくてく2時間ほど歩くことになる。林道経由だと確実だが御座山の頂上にも行ってみたいし迷うところだ。

八王子峠

 閑話休題。道を先に進もう。ぶどう峠からふたつの岩ピークを過ぎると道は快適な山道になる。ぶどう岳は木に囲まれ眺望はなし。通過する。しばらくすると前方に烏帽子と鋼管鉄塔がちらちらと見えてくる。烏帽子の安曇幹線2号線と鋼管の神流川線が上信国境を越える地点だ。安曇幹線と神流川線はここで交差している。だから安曇幹線2号線は帽子が赤い。山の中で赤いチロル帽、ちょっとおしゃれだ。

写真:「神流川線15号と安曇幹線2号線197号」へリンク
神流川線15号と安曇幹線2号線197号


 2号線がマムシ岳山腹を登り、日向沢の源頭で遂に上信国境を越えるこの鞍部は、長野側からは北相木村の木次原から東にのびる広く緩やかな沢の源頭に当たる。
 この鞍部、現在は道も名前も失われているが、かつて峠道が通っていたという。名前は「ハッツォウジ峠」とか「ハツオウジ峠(八王子峠)」と伝えられ、戦前の五万分ノ一陸測図『十石峠』にも破線道が描かれているらしい。だから安曇幹線2号線の上信国境越え地点は八王子峠と呼ぶことにした。(詳しくは、ねくらハイカー氏の『ねくらハイキング』 http://www.k2.dion.ne.jp/~tnhc/bomamu/bomamu.html 参照)


 八王子峠の鞍部に入ると西側の風景が大きく開ける。安曇幹線2号線が西に進んでいく、神流川線も並んで進む。そして目の前を西群馬幹線が横切って、北相木村の谷を越え御座山へと登って行く。スカイラインには残雪が残る八ヶ岳が白く光る。いったい何本の鉄塔が見えているのだろうか。
 西群馬幹線は上信国境に立つ赤白の103号から御座山越えの114号、安曇幹線2号線は上信国境越えの197号から西群馬幹線をくぐって185号まで見えているようだ。神流川線は今いる15号から進み西群馬幹線合流の19号まで。計30本の鉄塔が目の前に広がっている。
 鉄塔の内容がまた凄い。50万ボルト送電の古き立役者―安曇幹線と100万ボルト送電へ挑戦した西群馬幹線。そして地下500メートル、全部完成すれば世界最大級282万kWの揚水式発電所神流川発電所からやってくる神流川線。電力輸送の立役者たちが一堂に揃っているのだ。

写真:「八王子峠からの眺め(西群馬幹線108、107、106、105号)」へリンク
八王子峠からの眺め(西群馬幹線108、107、106、105号)
写真:「八王子峠からの眺め(安曇幹線2号線196、195、194、193号 西群馬幹線105号)」へリンク
八王子峠からの眺め(安曇幹線2号線196、195、194、193号 西群馬幹線105号)


 目の前の信州側斜面には神流川線15号の鋼管鉄塔が立っている。急斜面に片継脚、88メートルだ。渋い黒い肌(酸化皮膜のようだ)をしている。何と碍子は茶色だ。
 その先少し高いところに安曇幹線2号線197号。これが安曇幹線2号線の上信国境越えの鉄塔だ。2連耐張のアングル鉄塔、高さは35メートル。安曇幹線2号線としては少し低い鉄塔で、神流川線や西群馬幹線の巨人と比べると赤ん坊のような大きさだ。
 安曇幹線2号線は狭い歩幅で信州へと下り4本目の193号で西群馬幹線をくぐる。その先でまた山を越えて見えなくなっている。地図で見ると北相木村の三滝という辺りだ。佐久の街道まではまだまだ長い山越えが続いている。

新三郎

 さて目的の安曇幹線2号線までたどり着いた。この先どうするか。最初のプランではここで引き返し、ぶどう峠まで戻る計画だった。でもまだ時間は早い。新三郎まで登りたいな。新三郎から戻るのもありかな。いや新三郎まで行けば栂峠がすぐだ。栂峠の先には西群馬幹線の103号が待っている。栂峠から林道を下り、県道をぶどう峠まで登り返すのは辛いが、時間的には十分だ。
 ということで稜線をそのまま進むことにした。1時間くらいで新三郎に着く。真下に安曇幹線2号線と西群馬幹線との交差が見える。これは面白い。鉄塔の大きさが本当に違うなぁ。初期の50万ボルト設計と現在の100万ボルト設計の違いがこんなにあるとは。
 神流川線の最終鉄塔19号と西群馬幹線への接続点も見えるのだが、木の枝がじゃまで写真が撮れない。残念だ。

写真:「安曇幹線と西群馬幹線の交差点(安曇幹線2号線193号 神流川線18号 西群馬幹線105号)」へリンク
安曇幹線と西群馬幹線の交差点(安曇幹線2号線193号 神流川線18号 西群馬幹線105号)

ルートミス

 大風景を眺めながら昼飯を食べ、栂峠に向けて出発。風景に酔ってしまったか、ここで下りる方向を間違えたようだ。主尾根は頂上で北に直角に曲がっているのだが、私はそのまま北西の尾根に入ったようだ。
 稜線を進むと藪の痩せ尾根。構わず進む。露岩が前を塞ぎ左から巻こうとして行き詰まる。10メートルくらいの崖。地図読みには少しは自信があるのだが、肝心なところで地図を見ていない。見ていなければ自信もくそもない。念のためGPSも持っているが、確認しなければこれも宝の持ち腐れだ。


 ああたいへんなことになっちゃいました。引き返すのが正解なのだが、途中の藪と痩せ尾根が嫌で、無理やり補助ロープを使って谷底に下りた。
 この谷の1本北の谷を下りると林道に出られそうだ。幸いなことに谷は広く緩やかだ。途中で作業道らしき踏み跡を発見しそれを伝って栂峠林道まで下りられた。幸いだったがやはり時間は大幅に食ってしまったし、ごろごろの岩道を下りたせいで疲れた。やはり引き返すのが正解だったなぁ。(良い子も悪い子もまねしないでね、<1>ぜったいに引き返すこと、<2>谷筋を下りないこと、これ山のお約束です)

神流川線と西群馬幹線の合流

 何とか生還した目の前が何と神流川線と西群馬幹線の合流地点だった。これは鉄塔の神様のお導きかな。
 西群馬幹線の104号の隣に神流川線の最終鉄塔19号が立っている。19号は話に聞く三角鉄塔であることを確認。本当に3本脚の鉄塔があるんだ。19号からジャンパが西群馬幹線に延びている。今は1回線だから簡単に繋いでいるが、2回線になったらどうするんだろう。上下振りわけとか考えなきゃならないだろうに。

写真:「西群馬幹線と神流川線の合流(神流川線19号 西群馬幹線104号)」へリンク
西群馬幹線と神流川線の合流(神流川線19号 西群馬幹線104号)


 ゆっくり見たかったが時間を食ってしまったので余裕がない。日のあるうちにぶどう峠に戻りたい。今すぐ戻ってぎりぎりだろう。林道から数枚写真を撮っただけで歩き始める。何時に着くかなぁ。18:00までには着くと思うが。


 県道に出たところはきれいな湖だった。加和志湖という砂防ダム湖のようだ。この横を西群馬幹線が登っていく。県道よりから106、107、108と山を登り109号の赤白鉄塔まで見える。

写真:「西群馬幹線106号から109号」へリンク
西群馬幹線106号から109号


 最後にいい景色を見た。これで元気を取り戻し、てくてくぶどう峠道を歩く。木次原の集落を過ぎ、「長者の森」への分岐。ここから登りであと2キロか。
 18時にぶどう峠に着いた。テントを急いで張る。今日はまいりましたねぇ。疲れたので夕食は「赤いきつね」、後はパンとチーズでも齧ろう。「赤いきつね」を食べていたら暗い中、自転車のお兄ちゃんが登って来た。寒そうで可愛そう。でも「赤いきつね」はあげない。水を補給するのを忘れていたので、水がぎりぎりなのだ。勘弁ね。



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続く