安曇幹線 最若番の282号へ 2 【多くの写真が見つかりませんでした】
(2009/11/08の2)
旧・安曇幹線と安曇幹線1号線の交差点
上に向かって進む。いよいよ核心部だ。
238号到着。辺りは伐採されていて急な斜面にどーんと立っている。さすが生きている鉄塔はいい。ジージー言っている。
鉄塔札には「昭44.4」。でも丸形の根巻き、座金溶接の基礎材、それにテラス(これも2号線の特色だ)もついている。絶対に新しい鉄塔だろう。
すぐ上に新秩父開閉所から谷を登り切ったところに立つ237号がいる。
送電線は角度を付けてこちらに向かっている。やはり旧・安曇幹線とは繋がっていないようだ。さあ合流点がどうなっているのか。いよいよ237号に向かって登り始める。
ようやく237号に着いた。急な尾根にまたがって立っていて、だから長〜い片継ぎ脚だ。
もともとの安曇幹線の高度に立ち、新秩父開閉所へと送電線を折り曲げる。主柱は250ミリ角の25ミリ厚。高さは42メートルとそう高い訳じゃないから、とても頑丈な鉄塔だ。
この鉄塔も「昭44.4」と書いてあるが、まず信用できない。新しい鉄塔だ。
さて旧・安曇幹線の鉄塔はどこだろう。ふと上を見るとすぐ上に鉄塔らしき鉄骨が見える。237号からその鉄骨に向かって架空地線が1本延びている。
送電ケーブルは切れていても架空地線は結ばれている。面白い。
旧・安曇幹線 最若番282号
鉄骨に向かって道を進む。すぐ上で旧・安曇幹線の最若番282号鉄塔に出た。これが旧・安曇幹線の一番若番、すぐ横がもう安曇幹線1号線、何メートルも離れていない。1号線と旧・安曇幹線は1本の架空地線で結ばれていた。
しかし…「鉄塔に出た」と表現していいのだろうか。
282号は塔体の下半分だけしかなかった。
烏帽子鉄塔のウエスト部分から上が撤去され、空に向かって張り出す角も、送電線を支持する広げた腕も、それらを支えるためウエストから上に広がる力強い胸も、すべてない。
鉄塔札が残っていた。「安曇幹線 282 昭44.3 33m」。「33m」…が何とも悲しい。今は半分の高さも残っていないだろう。
安曇幹線1号線からの架空地線は下半分の頂上に結ばれている。旧・安曇幹線の送電線は? と見ると、胴体に直接3本、4導体の送電線が2連碍子で結びつけられている。碍子が2連垂れ下がり、絡みついた葉の間から顔を見せる。
新所沢変電所の391号はさりげなく眠っていた、途中の鉄塔たちも静かに立っていた。この282号は自然に侵食されるリアルさがある。
「鉄塔が眠っているって!」 282号が語りかけて来る。
「単に撤去する費用を節約しているだけさ」。
「夢見心地もいいかげんにしたらどうだ」。
私は思った。
「夢見心地!? 確かにな! それが何だって言うんだ」。
「数十年も前のことを見るには夢こそが必要なんだ!」
声に出して言い返したい。でも止めた。
すぐ隣に安曇幹線1号線が今も頑張ってるじゃないか。現役の鉄塔と引退した鉄塔。それを結ぶ1本の架空地線。
架空地線の向こうには白石山が紅葉でとてもきれいだ。
声をかけた。
「いいんじゃぁない! あんた幸せだね!」
282号は少し微笑んでくれたかも知れない。
旧・安曇幹線283号の音色
ちゃんとした旧・安曇幹線の烏帽子鉄塔を見て、旧・安曇幹線の旅の終わりにしたい。木の間隠れに山の向こうに見えている、隣の283号まで行くことにした。
283号に着いた。2連耐張のとんがり耳烏帽子。手作りまん丸ジャンパ。そう、これは間違いなく原型の安曇幹線です。
東京電力 安曇幹線 昭44.3 32m
結界はススキでいっぱい。晩秋の暖かい日差しが結界をぬくぬくと暖めている。
向こう側に両神山が霞んでゴツゴツと見えている。小鹿野鉄塔山の頂上も見える。いい景色だねぇここは。
幸せそうな鉄塔の姿に思わず主柱をたたいて見た。「ごぉんごぉん」と低いけど澄んだ音がした。
これから1号線をたどります
2009年晩秋。今年の安曇への旅は新秩父開閉所の旧・安曇幹線、最若番鉄塔を確認して終わった。
2008年4月に旅を始めてから16回22日。新秩父開閉所で全体の4分の1程度の行程だろう。
考えていたより、とんでもなく遅いペースだが、まあぼちぼちと進めよう。どれも同じ烏帽子鉄塔だ。だからいい加減飽きそうなものだ。でも、それぞれの鉄塔がさまざまな感動を与えてくれる。
一期一会。急いで進むのはもったいないじゃあないか。
これからの旅は、旧・安曇幹線282号から、架空地線でバトンタッチされた安曇幹線1号線に移る。2号線もこまめにチェックしながら行きたいが、山中のこと、両方をクリアするのはとても無理だろう。
すでに安曇幹線1号線と2号線は谷の両サイドに分かれて進んでいる。さらに上野村から十石峠にかけては一山向こう側を進むようになる。二つの線が再度一緒になるのは遙か佐久から蓼科山の山麓になってからだ。