一の湯

目白線6号甲・乙鉄塔

 東京には全国ブランドの有名な街もある。よそから人が集まる大きな商店街を抱えた街もある。あまり知られていないが地元に密着した温かい街もある。沼袋もそんな地元密着型の街だ。


 鉄塔を辿って行き着いた野方変電所。そこから誘われるままに目白線を辿り沼袋の街で日が暮れた。西部新宿線を左右にはさむ6号甲・乙鉄塔。駅のすぐ横、西武新宿線をまたいで立つ門型鉄塔7号。小さく控えめな矩形鉄塔を連ねてきた目白線がここでは堂々と誇らしげにそびえている。
 煙突が見える。コンクリートの大きな煙突ではなく周りを鉄骨で補強した細めの煙突。お、銭湯だ。


 煙突に向かって歩くと一の湯商店街というアーケードが現れた。銭湯の名前を付けた商店街なんて見たことがない。とても小さなアーケード。半透明の波板で高い天井が葺いてある。日曜は休みなのか両側の商店はみなシャッターを降ろしている。
 突き当たりに一の湯。暗いアーケード。そうアーケードを照らす明かりがない。一の湯の看板だけが光っている。
 入り口手前に広いコインランドリー。建物は木造のようだが寺社造りなのかどうかアーケードの天井が邪魔をして分からない。


 どうしよう、困ったなぁ。昨日風呂を掃除して今日はゆっくり入る予定だ。明日は早くから仕事。今日は我慢かなと通りすぎる。


 駅に向かうがちょっと後ろ髪を引かれる。一の湯商店街の外れにあった焼鳥屋で一杯だけやって帰ろう。
 親父ひとりの狭い店。あったかいお酒と頼んだら「大きいの?小さいの?」。ちょっと一杯なんだよと迷っていると「お代わりするなら大きいのが得」。大きいのに決める。


 大きい徳利を空け、ちょっぴり良い気分になって店を出る。やっぱ一風呂浴びていこう。
 下足札は15番。「男」と書いてある入り口を入る。番台には若い内儀。「手ぶらセット」もね、と頼むと貸しタオルを貸してくれた。貸しシャンプーと貸しボディーシャンプーの場所も教えてくれる。うーんいい店だ。
 教わった場所でシャンプーとボディーシャンプーを持って洗い場へ。


 一番混む時間帯だがそれにしてもお客さんがたくさんいる。そういえば置きロッカーも色とりどりの桶で満杯だった。
 黄色いケロリンのプラ桶に黄色いプラ椅子。浴槽はふたつ。バイブラ気泡風呂と超音波気泡風呂。それに立ちシャワーがふたつ。天井は昔ながらの女湯とつながった高い造り。湯気で天辺は見えない。


 カランを選んで身体を流していると


 それほかのお客さんの!!


という声。振り向くと内儀が洗い場まで私を追いかけてきた。どうやら他のお客さんのシャンプーを間違えて持ってきてしまったようだ。内儀が持ってきてくれた貸しシャンプーを受けとる。これは失敗失敗。


 風呂絵はタイルのモザイクだ。天井近くを鶴が飛んでいる。手前に休むのは…鶴…?? 羽は青、くちばしと足は黄色。フラミンゴでもないし。
 浴槽から洗い場のタイルをみると何本も並んだ放物線と根元にたくさんの小さな花びら。ん!これは孔雀の羽だ。
 やっぱり正体不明の鳥。でも結構洒落ている。


 この3連休、鉄塔三昧。初日は大物駒沢線の未踏部分をこなした。中日は地中線ハンティング、送電専用橋とバラエティに富んだ一日だった。そして今日。昭和初年の古い小さな愛すべき鉄塔に誘われて沼袋へ。こんなに楽しんだ連休って久しぶりのような気がする。


 ゆっくり温ったまって風呂を出る。番台の内儀に「さっきは済みません」といったら「隣に置くんだもの紛らわしい」と慰められた。帰りがけに「お休みなさい」とひと声。私の家はちょっぴり遠いのだが、それでも今日は温かく眠れそうな気分。西武新宿線に乗り線路の上空を走る目白線と一緒に都心へ向かった。