古き鉄塔の住む街

安方線20号

 昨年の今日、帰郷した息子を羽田に送って行った。その帰り道、羽田から近い雑色(ぞうしき)の駅に降り立った。ここには安方(やすかた)線という送電線がある。


 雑色は商店街が生きている街だ。駅からまっすぐに商店街が延びる。道幅は5mを越えるかどうか。建物は2階建て、木造にモルタルの吹きつけ、赤く錆の浮きだしたトタンのひさし。古い商店街だ。


 賑やかな商店街も東海道線の踏み切りを渡ると静かになってくる。その先、小さなラーメン屋さんとおでん屋さんの裏手に安方線の20号鉄塔は立っている。低く佇む矩形鉄塔。頭には一本角の三角帽子。


 「安方」はこの辺りにある古い地名。その古い地名を冠した安方線もまた古い歴史を持っている。「大正15年」の文字を冠する鉄塔もある。


 安方線は六郷変電所と池上変電所を結んでいる。六郷変電所の先には送電の黎明期を担う大師線が。池上変電所も送電史で欠かせない東京内輪線の千鳥線に近い。
 東京電燈の50年史の内輪線の記述中に「(内輪線が)ついに六郷までつながった」という表記がある。それはこの安方線を指すのだろうか。
 今は名もなき線。でも往時、送電の偉業の一端を担った鉄塔なのかも知れない。


 原型と思われる鉄塔は矩形、頭には三角帽子をつけているが、あるものはとんがった1本角、あるものは平たいベレー帽、統一がない。
 背は20mを少し超える程度。狭い鉄塔の内部に2回線6本を窮屈に通す。お世辞もかっこがいいとは言い難い。でも生活の匂いがするこの街にとても似合っている。


 以前回った時、鉄塔の根元で地質調査が行われていた。立て替えの準備だろうか。長い年月、働き、年老い、そして世代交代していく。そんな老境の鉄塔をこの街は温かく住まわせてくれているような気がした。