夏の夜

長島線4号

 集合住宅が好きだ。集合住宅は人がいっぱい住んでいる。だからこんな夜更けに家を出ても出入り口で若い男女が逢い引きをしていたりする。
 あんな逢い引きはかれこれ30年以上もやっていない。今の私の逢い引きの相手は鉄塔。今年は鉄塔との逢い引きにうつつを抜かし過ぎ、遂に8月に入り切羽詰まって2週間の缶詰状態となった。


 鉄塔が夏の季語だという説には少し異論もあるが、たしかに夏空と鉄塔はよく似合う。この2週間、夏の空の中、鉄塔はどんなに輝いていたことか。
 夜更けになり仕事がようやく一段落。近くの鉄塔に会いに行った。どの鉄塔を見に行こうか。すぐに決まった。一番近くのノッポジャミラ――長島線の鉄塔だ。


 とても気持ちの良い夜風が吹いている。カメラの三脚は若干重いけど、ずっと仕事で椅子に座りきりだったのだからいい運動だろう。
 仕事が終わってほっとしたせいか、それとも空腹にアイスクリームを食ってしまったせいか、お腹が少し痛い。こんな痛さをゆっくり味わえるのも仕事が終わったからかも知れない。
 Tシャツに半ズボン、裸足にサンダルがけ。こんな鉄塔巡回もいいやね。


 夜の鉄塔。昼でさえ鉄塔を見る人はいない。まして夜に鉄塔を見に行く。カメラでも持っていないと職務質問必至だよ。だから重い三脚かついでカメラ、ってわけじゃない。
 鉄塔は夕焼けが一番とか、いや夏雲に鉄塔だとか、鉄塔と風景の組み合わせはいろいろご意見もあると思う。でも私は夜の鉄塔が好きなんだ。


 昼間の鉄塔は忍者みたいに風景に隠れているけど、夜の鉄塔は、静かに、ちゃんと、くっきりと、凛々しく、立派に、揺るぎなく立っている。
 それは本当に崇高さに溢れている。対面する自分が恥ずかしくなるほどだ。そして夜の鉄塔は優しさにも溢れているんだ。自分の仕事をひとりもくもくとこなす姿はほかの人にも優しさと安らぎを与えるものなんだ。


 小一時間、夜の鉄塔と過ごす。
 真夜中だというのにセミのやかましい声が僕を包んでいる。豊穣な夏の夜。そこに静かに立つ鉄塔たち。
 お休みなさい。もう僕は先に寝るよ。