足立の空の大ギツネ

蔵前線7号

 午後遅くなってから夕涼みがてら足立区の加平にある花畑変電所へ向かう。
 花畑変電所――好きな変電所だ。北に延びる足立線、花葛線、潮止線、花畑線。南へ進む青井線に花川線。近くには花総線の1号鉄塔もある。新しい鉄塔、古い鉄塔、由緒ありげな送電線たちがこの変電所に集まる。その中でももっとも気になる送電線は蔵前線だ。


 変電所に立つ1号鉄塔からして腕金がにょきにょき生えたずんぐり矩形鉄塔。とても目立つ。送電線は変電所をひと跨ぎ、ついでに環七も跨いで南へと向かう。


 環七を越えた辺りはいろいろなものが混在する街だ。大きな工場もあり小さな工場もある。古い小さな住宅や農家だったのだろう大きな住宅。古い低層の公営住宅の横にやたら高層の公営住宅。適度な高さの新しいマンションもある。入り口以外は自販機で取り囲まれたような小さな酒屋もあれば、駐車場完備の大きなスーパーマーケットも。そして給水所や小さな畑まで残っている。
 この辺りは都内で交通機関にもっとも恵まれない土地のひとつ。だから最近急速に発展したのだろう。道も複雑に入り組み、鉄塔を辿るのはたいへんだ。
 大きな工場をぐるりと遠回りを強いられたかと思うと、「この先行き止まり」の表示を無視して進めば、小さな公園を抜け、ひょこっと反対側へ出られたり。右往左往も暑い最中なら嫌になりそうだが、今は日も充分傾いて楽しめる。


 蔵前線の魅力は何といっても鉄塔のユニークさだ。
 送電線を満載して立つ5回線の矩形鉄塔が続く。上段に蔵前線を3回線、下段に北千住線を2回線、空につなぎ留められた15本もの送電線。圧巻。


 15本を鉄塔につなぐ碍子たちにも注目。上段は腕金を左右外に張り出し2回線をI字型の碍子で吊り、残った1回線は鉄塔の内側でV字に吊っている。下段は1回線を三角形に配置して耐張吊りだ。
 ひとつの鉄塔でI字吊りV字吊り、耐張吊りと3種類の吊り方、回線の配列も垂直配列と三角配列。送電鉄塔の見本市みたいな奴。


 鉄塔全体のバランスも魅力的だ。上半分は15万ボルトのどうどうとした腕金と碍子、下は6万ボルトの小振りな腕金と碍子。上体が発達し、肩の筋肉がもりもりと張り出した力強い姿。
 少し離れて正面から眺めて見ると、鉄塔内側の補強材がV吊りの根元に伸び、補強材と碍子とが作り出す直線で、大きなV字を3つ空に浮かび上がらせている。


 たった鉄塔9本――蔵前線が空を渡って進む区間は短い。9号で併架する北千住線を右手に分け、自身はすぐ下の10号鉄構から地中に潜る。地中線の行き先は都心――隅田川は蔵前橋手前にある由緒正しき蔵前変電所だ。蔵前線ははじめての15万ボルト都心乗り入れだったと聞く。形が面白いだけじゃない、格だってとても高いのだ。
 この引留鉄塔9号は9本の線を斜め下に降ろし6本の線を右に振る。忙しい鉄塔だ。下から見上げると送電線が空を縦横に交差してとてもダイナミック。夕映えの中、2本角を空にまっすぐ突き出して立つ9号鉄塔。ちょっとごついヒーローのような風情。


 日も暮れてさあ帰ろうかと今来た鉄塔を振り返った。おや!? 鉄塔にキツネが2匹ずつ隠れているじゃあないか。夏の夕空に大きなキツネを何匹も浮かべ蔵前線は並んでいた。