ピラミッドなやつ

萩中線7?号

(1月9日の続きその2)
 多摩川の河口は羽田空港。だから周辺は電車もモノレールも道路も地下だ。道路は首都高の大師橋が最後の橋。並行してかかる産業道路大師橋――これが一般道の最後の橋――流行りのハーブ橋だ。そのハーブ橋を背景に萩中線が多摩川最後の送電鉄塔として立っていた。河口から3キロを切る地点だ。


 川崎側をやってきた萩中線は多摩川の手前の灰色鉄塔から川の中に立つ赤白鉄塔で高く天に登る。
 グラウンドなどがあった河原も狭くなり、堤防もコンクリートで固められまっすぐに河口へ向かって伸びる。風景が一気にクライマックスに向かって走っているようだ。川の中の赤白鉄塔も低い位置から照らされて白く光る。


 鉄塔は足元から頂上までまっすぐに鉄骨を伸ばしている。多くの鉄塔は裾を広く安定して開き、おもむろに天に向かい垂直に伸び上がる。でも萩中線は何のてらいもなく、真っ直ぐに三角形に立っている。単純でダイナミック。まるで細長いピラミッドだ。
 腕木が6本、2段についている。でもよく注意してみなければ見えないほど短い。送電鉄塔ですと申し訳のようについている。とても奇妙な形だが子供が書くような単純な姿、結構好きになりそうだ。


 そして東京側へ電線を大きく垂らして萩中線はやってくる。堤防が滑るように伸びるその先に萩中線8号鉄塔がいた。川の中の鉄塔と同じピラミッド型の赤白鉄塔。
 空一面の夕暮れ。青と赤の混じり合った柔らかな光の中、ピラミッドの足元へ立つ。小さな公園を従えて大きな足が踏ん張っていた。山形二等辺鋼ではなくTの字型の断面を持つ鉄骨。見上げると足元から本当に真っ直ぐに鋭く空に向っていた。


 送電線は墓地の上を通り2、300メートル先の引き留め鉄塔へ。急に現実へ引き戻らされるように街中の風景へと繋がる。萩中線9号はコンクリート塀で囲まれていた。送電線を引き留めて下に降ろしている。
 9号鉄塔では4回線を2本づつ繋ぎ2回線にまとめている。4回線側は電線がとても細い。まとめられた方は普通の太さだ。戻って川崎側の鉄塔を見ると腕木が3本づつ、2回線鉄塔だ。それが川の中の鉄塔では腕が6本づつ、4回線になっている。まるで手品のような風景だ。
 萩中線は9号鉄塔と同じ場所にある10号の鉄構から地中に入る。南太田変電所へ1回線、荏原羽田という線が1回線確認出来た。


 さあこれで最後の鉄塔だ。でももう少し先へ進もう。堤防へ戻り産業道路を渡り、首都高の高架をくぐる――その先には空が一面に広がっていた。観光釣り舟だろう、河岸は漁船で延々と埋まっている。対岸は工場のシルエットがどこまでも続く。
 工場のシルエットを公害の元凶として怒りの目をして眺めたこともあった。でもいつの頃からか工場のシルエットを懐かしい風景として温かさを感じる私がいる。
 小さな姉弟が2人、釣り舟の横で遊んでいる。釣り舟の手入れを終えたお母さんだろうか子供を呼ぶ声。小さな足音が私の後ろに消えていく。


 前方に小さな川が流れ込み堤防の上に追いやられる。前方に羽田空港の管制塔が見える。空港ビルも見える。いつのまにか空は一面、柔らかな雲で覆われている。振り返ると黄金色にまぶしく輝く空に萩中線がシルエットを描く。そろそろ帰ろう。穴守稲荷の駅に向かう。


 堤防を下りると道はすっかり暗い。寒くなってきた。穴守稲荷に寄ってみたが人気がない。この辺りは東京きっての銭湯天国だ。幸い今日は電車で帰る。駅前通りの銭湯に飛び込む。着替えの下着と靴下を持ってないのが今日の最大の残念なことだった。