雑踏の遥か上空

亀戸線106・107・108鉄塔


 季節はずれの台風が過ぎ、12月とは思えないポカポカ陽気。引っ越しの準備を放り出して中土手へ向かった。
 新小岩公園の駐輪場に原チャリをとめ平井大橋へ。橋の途中から中土手へ下りる。空は抜けるような青、台風の名残の千切れ雲が浮かんでいる。総武線の鉄橋をくぐると目の前に送電線が現れる。亀戸線110号、鋼管製のすっきりとした赤白鉄塔だ。


 都会の鉄塔は金網に囲まれている。鉄塔の根元に耳を付けて音を聞いたり結界の中心に入り真上を見上げることはできない。でも少ないが例外はある。この110号も例外のひとつ。通る人も少ない中土手、結界の中心で心ゆくまで上を見ていられる。


 この亀戸線、大正年間に出来た歴史ある送電経路だ。かつては上越幹線の最終経路だったと聞く。出発点は遥か信濃川上流、中津川発電所上越国境の山々を越え、関東平野を縦断し亀戸変電所までつないでいた。亀戸線は黎明期の長距離送電を担った由緒正しき送電線だ。
 今の亀戸線は埼玉県吉川の北葛飾変電所から亀戸変電所までを110本ほどで結んでいる。私、この亀戸線とても好きだ。書きたいことがたくさんある。でも今日は荒川を渡る部分だけ書くことにする。


 中土手での亀戸線の楽しみは110号の結界だけではない。中川越しに見る鉄塔の連なりも好きだ。亀戸線新小岩の繁華街上空を越えてここにやってくる。


 蔵前橋通りを西に進んだ亀戸線新小岩の手前で左に折れ総武線を横断する。広大な操車場跡を越え105号。次の106号で右に直角に曲がり再度荒川へ向かう。
 直角鉄塔106号は石屋さんの角に踏ん張って立っている。そこから買い物客でにぎわう平和橋通りとアーケードの上空を越え、スナックや飲み屋の建ち並ぶ狭い路地脇に107号。108号は繁華街を外れクリーニング屋さんの裏手。そして109号で中川の堤防下に建つ松島変電所に着く。


 下を辿ると立て込んだ街中に隠れるように立つ鉄塔達だが、中土手から見る彼らは表情が違う。どこまでも広がる大きな空の中をゆうゆうと静かに進んでくる。下界の雑踏や酔っぱらいなど気にも留めない。鉄塔は空に住んでいるのだ。
 シンプルで端正な姿にちょっとおしゃれな赤いとんがり帽子。こいつぁ由緒正しき貴公子達だ。
(続く)



*結界 送電鉄塔の敷地を指す。これも『鉄塔武蔵野線』の美晴少年の名付けによる。結界の中心には鉄塔のピラミッドパワーが集中しているという。

*上越幹線については『送電鉄塔見聞録』中の http://jammit.hp.infoseek.co.jp/asoudennjg100.html に詳しい。