やぐら鉄塔

 ちょっと寄り道が多かったがいよいよ目的地。実は今日の目的地は発電所なのだ。東京の中心からもっとも近い水力発電所が御岳にある。


 送電線はどこから来るのか。送電線を辿れば大抵は変電所に行き着く。そして辿り着いた変電所の先にまた送電線は続いている。「どこから来るのか」はなかなか答えがでない。送電線を辿って発電所に辿り着きたい。その先に送電線がない出発地点。


 原子力発電所はちょっと遠い。火力発電所なら近いができれば水力発電所が良い。そこで小学校の遠足を思い出した。奥多摩小河内ダム。発電機を初めて見た遠い記憶。小河内ダムは東京都奥多摩町、東京の水力発電所だ。
 調べてみると奥多摩には何カ所か水力発電所があるようだ。その一番手前が今日の目的地というわけだ。


 すでに(東電の)青梅線、新所沢線、新秩父線と高い電圧の幹線が奥多摩の渓谷を南北に横断して行った。でもこれは通過しているだけだろう。辿らなくてはならないのはこの先にある発電所からやってくる送電線だ。
 山腹をよく観察する。東西にとても小さな送電線が走っている。大きな送電路に圧倒されてほとんど目立たないがこれこそ辿るべき送電路に違いない。


 御岳駅を少し上へ進むとJRを跨いで送電線が渡っていた。JRの山側に立つ鉄塔へ向かった。「多摩川三線3号」。
 多摩川三線3号は1回線、片側に3本腕金を出す小振りな鉄塔。山の手前の開けた高台に立っていた。鉄塔の横には五輪塔と五重の塔。代々の墓と書いてある。


 山から降りてきた送電線は3号から川手前の2号を経て対岸へ。対岸には山肌を垂直に降りる太い管、その下には発電所らしき建物と変電施設そして1号らしき鉄塔。あっけなく目的地に着いたようだ。
 山側を見ると送電線は急角度で山の上まで上り向こう側へと消えている。中腹に1本、そして尾根筋に1本。送電線の下はきれいに伐採されている。


 尾根筋の5号と思われる鉄塔。上半分だけ見えているのだろうか? どうも形がおかしい。鉄骨を土台からまっすぐに延ばしただけ。鉄塔というよりは「やぐら」というほうが当たっている。
 近くで見てみたい。でもそうとう高い。尾根の先も見てみたい。どうしよう。やはり登るか。


多摩川第三線5号 やぐら鉄塔 林道や巻き道があるようにも思えない。幸い送電線の下が伐採されているのでそこを直登することにした。手をつかないと登れないような斜面。下りが思いやられる。
 息が切れたところで中腹の4号の根本。急斜面に直接立っている。眼下に御岳渓谷の流れ。発電所も良く見える。さっきまでいた3号はもう小さくなっている。


 尾根筋の5号はもう目前だ。思っていた通り土台から鉄骨をまっすぐに組み立てただけ。こんなの見たことない。「やぐら鉄塔」と呼ぼう。
 4号からは杉林の中の小さな尾根筋を登る。鉄塔のほうを見ると人影が。親子だろうか話ながら鉄塔の下を通っている。尾根の上に出ると何とそこはハイキングコースだった。
 地図も見ないで登ってきたのは失敗だったかな。それより次は山靴と軍手。やはりザックを担いで来ようと反省する。


新秩父線と多摩川第三線
 尾根の向こう側を眺めた。尾根を越えて多摩川三線は延び、その上を新秩父線が越えていた。新秩父線はでかい。ほんとうにでかい。多摩川三線の鉄塔が小人のようだ。
 多摩川三線は谷へ一旦降りて、向かい側の尾根の中腹を右手に伸びていく。そして先程から気になっていた小さな送電路へ合流しているようだ。渓谷の中腹を西に延びる線、やはりあれが本線だ。本線はまだ渓谷の奥へと進んでいる。


 次はあの合流点から出発だなと決めて山を下る。帰路はハイキングコースで楽に下ることにした。道はすぐに御岳駅に出た。出口で確認したら有名な「高水三山」のハイキングコースだった。


 里に降りて発電所へ向かう。「東京都交通局発電事務所 多摩川第三発電所」。導水管が1本、上のほうから降りてくる。でかい管だ。近づくととても低いドドドという音。発電所自体の建物はすごく簡素。柵の中からブーンという電気の音が聞こえる。


 近くの駐車場横には多摩川三線の1号鉄塔が立つ。小振りで簡素な1回線だけの引留鉄塔。でも間違いなくここが送電線の出発点なんだ。
 谷の夕暮れは早い。1号と書かれた塔頂標だけが夕日に照らされている。ふと向かいの山を見上げると、遥か高い尾根の上に新秩父線の鉄塔が1本立ち上がり、送電線を山の向こうへと渡している。送電ケーブルが白く輝いていた。

(2005年10月1日分終り)